【特別連載|私の学びの遍歴】第九回 スタンフォード大学の知的空間 知識と学問の価値の身近さ
以前より好評いただいている特別企画(全9回)「私の学びの遍歴」
今回は「第九回」の更新になります。
第一回(小中学生時代編)の記事はこちらから
http://tomohirohoshi.com/?p=2332
第二回(高校受験時代編)の記事はこちらから
http://tomohirohoshi.com/?p=2348
第三回(高校時代編)の記事はこちらから
http://tomohirohoshi.com/?p=2367
第四回(大学時代編)の記事はこちら
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第五回(大学時代編)の記事はこちら
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第六回(アメリカ大学院生時代編)の記事はこちら
http://tomohirohoshi.com/?p=2402
第七回(大学院生時代編)の記事はこちら
http://tomohirohoshi.com/?p=2411
第八回(教員時代編)の記事はこちら
http://tomohirohoshi.com/?p=2468
半年間の教鞭をおさめてから、スタンフォードの哲学部博士課程に入学しました。
スタンフォード大学は、アメリカ西海岸、北カリフォルニアのベイエリアに位置しています。ベイエリアはサンフランシスコ湾周辺を指す地域名で、南部にはシリコンバレーがあり、サンフランシスコとサンホゼを中心に、グーグル、フェイスブック、アップルなどが代表する様々なIT企業を代表に、様々な分野でイノベーションと最新テクノロジーを生み出しつつけている世界的にも注目され続けてきた地域です。
人種の多様性、各分野を牽引している企業マンや研究者の熱量、文化的に寛容な姿勢、テキサスの小さなカレッジ・タウンとは大きな違いがありました。先ほどお話しした様に、テキサスにいるときはそれはそれなりに居心地も悪くないと感じていたのですが、いざスタンフォードに来てみるとカレッジステーションに戻りたくなることはあまりありませんでした。
また、日本人コミュニティーが大きく、日本の食材を扱うスーパーなども多数あり、非常に住みやすい地域であると感じました。
私の専門は論理学で、哲学の教授や院生に加えて、数学やコンピューターサイエンスの分野の人々とも接することが多くありました。スタンフォード大学では分野横断的な研究がしやすく、どの学部でも素晴らしい教授陣と研究者が揃っているので、さらに専門分野を学び、自分の研究を進めていくのに最も適した環境であると感じました。
この頃になるとだいぶ英語にもなれており、また、多様で開けた雰囲気の中で、大学院などで友人も多くできました。テキサス時代の箍が外れたかの様に、博士課程の1、2年目は毎晩遅くまでパーティーで楽しんだり、酒を飲み交わして熱い哲学議論をする、というような少し東大時代に戻った様な自由度のある生活を楽しんでいました。
それでも、大学院での勉強を怠ることはなく、日々勉学、研究にいそしみ、学業と遊びのオンとオフを適切に切り替えることができていたのではないかと思います。
もちろん、過去の失敗を繰り返さない様にという意識も働いていたのかもしれませんが、この頃になると論理学の研究に情熱を感じ始めていたと思います。そんなモチベーションをさらに高めさせていた要因が、周りの学生や研究者の学問に対する姿勢です。
まず、よく言われていることですが、アメリカの大学で学生たちは本当によく勉強します。そういう姿勢の人間が周りにいるだけでも気が引き締められて勉学に力が入りました。
さらに痛感したのは学問追求に対する真剣な姿勢です。第1章で議論した、「使えないガリ勉くん」、「お勉強できても人生何にもならない」などの考え方に代表されるような、日本のアンチ・アカデミズム的な姿勢は全く見られませんでした。それとは対照的に、アメリカの大学空間、ことにスタンフォード大学では、多くの人々が学問の価値を信じ、 日々真剣に研究、知識の追求に尊敬の念をもって勤しんでいることに圧倒されました。
学生や研究者は学問という崇高な目的のために知識を追い求め、学業や研究に邁進する。それ他の人々はハイレベルの学位を志すことを敬意をもって賞賛する。そんな空気が大学や大学周辺を支配していました。
もちろん、先ほど論じた様に、高度の学歴社会における学位の持つ実利に対する真剣さが、そうした空気感の一部であるということは否定できないと思います。
しかし、それ以上に、学生や研究者と触れる中で、学問や知識の探求というものがより文化の一部として、人々の姿勢や生活の中に浸透しているということも強く感じました。
例えば、テレビ番組やスポーツなどの日常会話の題材においても、出演者や競技者、作品に関する詳細、歴史的な視点、関係する理論などを通して、個々の見識を披露できる。ときには普通の会話が心地よいディベートに発展する。そう言うことはアメリカの大学での日常の風景の一部でした。
ことに私自身は、純粋に感覚でエンターテイメントを楽しんできた方なので、友人達の理性的な評論の深さに感心しました。大学などの限られた空間であるとはいえ、そうした文化の成熟度が、アメリカの知識空間、知識社会を支えている様に感じました。
例えば、私のスタンフォード大学院時代の相棒のA氏 は思い出深いところです。彼はハーバード大学で日本文学を学んだ後、講談社でインターンをして、その後哲学の道を志しました。
テキサスにあるヒューストン大学で哲学修士を取得してから、私と同じ年に、スタンフォードの哲学博士過程に入学しました。日本、テキサス、などなど偶然のつながりがあり、入学当初から意気投合して、懇意にしていました。私もA氏も宴会が好きで、毎日のように研究の後、深夜から互いの下宿で飲みながら、他の大学院生の友人たちと熱い議論を交わしていました。
A氏は一般教養が深く、芸術の分野では、特に音楽と映画に 造詣が深く、彼自身アーティストとして、インディーズで映画の監督をしていたほどです。
CDやDVDは何千本と所有していて、二人でソファーに座って、アバンギャルドからハリウッド、ジブリ映画、もしくは、クラッシック、ジャズ、コンテンポラリー音楽、などなど、幅広い映画や映画を肴に酒を楽しんでいました。
A氏は、監督や俳優、作曲家や演奏者はもちろん、映画のストーリー展開や音楽のテーマ、 関連した社会情勢や哲学など、非常に知識が豊富で、それに加えて、彼なりの考えを持っていることに敬意を感じるほどでした。
彼だけではなく、他の友人たちも同様な形で映画や音楽談義に加わっているところを見て、芸術や学問などの文化への浸透度の高さをまじまじと感じていました。それまで日本で私が親しんでいたような映画や音楽評論は、プロフェッショナルなものを含めて、全く質を異にするものである とさえ感じていました。
知識が社会や文化の全体に浸透していることに感銘をうけながら、個々の教授の賢人ぶりにも圧倒されました。アメリカに来るまで、同様の知識の広さや思考の深さを感じたことはありませんでした。
自分の専門分野のみならず、他の学術分野や社会情勢、日常的な題材等、恐ろしいくらい幅広い物事に造詣が深く、何事に関しても好奇心が輝いている。知を愛するとはこう言うことを示していたのだろうと直感することができました。
学者の人物像として、一つの分野に固執して他の分野や日常的な題材に関心がなく、ともすれば、研究室外ではただの不審人物というようなイメージもないわけではないと思います。
その様なイメージとは真逆で、各分野での世界的権威でありながら、その他の分野にも精通し、無限の知的好奇心で謙虚に知を探求する姿勢に自然と畏敬の念を覚えてしまう様な多くの教授たちと出会うことができました。まさに賢人というべき教授達に会えたことは、私の学問的モチベーションに大きな刺激となりました。
一つの例として、私が現在のキャリアに至るきっかけを与えてくださった、故パトリック・スピス教授(Prof. Patrick Suppes)を紹介したいと思います。
数学、物理学、心理学、教育、経済学、哲学などの関連分野において、論文や著書多数、数多くの分野の権威として活躍しました。コンピューターをいち早く教育に取り入れる1960年代に立ち上げて、コンピューター教育関連の起業家としても大成功を収めました。
スタンフォード大学でもかなり有力な教授として、大学をリードする教授の一人でした。パットが私の大学院の親友の博士論文のスーパーバイザーとなったことを機に、個人的に接する機会が多くありました。
スタンフォード大学内のキャンパス内の豪邸で、お付きのシェフが用意したディナーコースを食べながら、室内プールの横にあるダイニングホールで、パットの好きなテニスの話をしたのをよく覚えています。
当時はフェデラー、ナダルなど現在でも活躍する有名テニスプレーヤーが活躍していた頃で、名テニスマッチなどを肴にワインを沢山いただきました。私が出会ったのが、彼が80歳後半の時でしたが、それにしては非常に元気で、特に学術系の話をするときは年を全く感じさせず、瞬間にものすごいオーラが噴き出して周りを威圧する様な独特の雰囲気がありました。
数年前にお亡くなりになられ、盛大なメモリアルがありました。私の現在のキャリアも、パットの築いた教育テクノロジーの道がなくしては、ありえませんでした。まさに20世紀の知を代表する賢人の一人でありました。
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