「知る」ことの危険性と『哲学』の重要性

哲学

私はスタンフォードのオンライン高校で校長をしています。おかげさまで、毎日刺激的でワクワクしながら仕事をさせていただいていますが、常にストレスを感じてしまうことが一つだけあります。それは、毎年の卒業式での校長のスピーチです。

普段からスピーチや発表を毎日のようにしており、パブリックスピーキングやプレゼンテーション自体はどちらかというと好きな方なのですが、卒業式のスピーチだけはどうしても心をすり減らされてしまいます。

聞いてみると他の学校の校長たちも同じように感じているようです。お祝いの言葉に加えて、ジョークと教訓的なことを、毎年気の利いた感じで話さなくてはいけないので、繰り返しができません。また、学会発表のように学術的であったり、専門的なことはなるべく避けて、一般的なスピーチにしなくてはいけません。

そんなわけで、いつも何を話そうかネタを探しています。何か良いものがあったら、ぜひご一報ください。

さて、今年も年末に差しかかろうとしています。まだまだ先なのですが、来年の6月の卒業式のことが既にプレッシャーになってきました。今日なんとなく来年の卒業式のスピーチのことを考える上で、昨年度の卒業式のスピーチのトピックを思い出しました。そんなわけで、少しそのことをブログに落としてみたいと思います。

知ること=可能性を減らすこと

知ることとは一体なんなのか。一つの大きな哲学的な問いとして、多くの歴史上の哲学者や思想家が考えてきました。認知論という哲学の一分野にまでなっています。

知るということに関する哲学的な考え方はいろいろありますが、一つの考え方に、何かを知るということは、そのことに関する認知的可能性を減らすことだという考え方があります。

ちょっと難解ですので、一つ簡単な例をご紹介します。例えば、今あなたが窓のない部屋の中で仕事しています。数時間仕事に没頭していたので、外の天気がどうなっているか知らないとしましょう。仕事を終えて外に出て、雨が降っているということを知るに至ります。

この例で、部屋にいるときは、あなたは外の天気を知りませんでした。あなたにとって、外は晴れているということが可能でした。曇っているということも可能でした。雨が降っているということも可能でした。

外に出て、雨が降っているところを見て、晴れているとか、曇っているとか、雪が降っているというような可能性が消えたわけです。

何かを知るということは、そうした形で認知的な可能性を減らしていくプロセスであるという見方ができるわけです。

「知ること」に潜む危険性とは?

さて、そうした観点から考えてみると、知るということの抑制的な側面が見えてきます。

一方で、知ることは、もちろん、とても重要なことです。知識を得ることで、できることが増えたり、考え方の可能性が増えます。

しかし、知ることには、特有の危険性が潜んでいます。何かの知識を得ると、その知ったことに基づいた見方しかできなくなりがちです。また、何かができるようになると、その方法以外のやり方が目に入らなくなります。ある仲間の常識に慣れ親しむと、他の仲間たちの違う常識が全く異質なものになり受け入れられないかもしれません。

知れば知るほど、身につければ身につけるほど、常識に親しめば親しむほど、現在自分の知っていることの枠の中から抜け出しにくくなります。他により良いやり方があっても、そうしたものに気づけなくなり、そうしたものを見つけようとさえしなくなります。

知識を得ると、その知識の枠で生きていくことが楽になって、それゆえに、その枠から逃げ出せない。枠があるってことすらも忘れてしまう。空気の一部になってしまう。そんな危険が潜んでいます。

哲学ってなに?

そういう感じで、知ることの抑制的な側面を理解すると、哲学の重要性の一部が見えてきます。

哲学の一つの本質は、物事の根本を問い直し、新しい価値観や世界観に気づいていく営みです。哲学の営みは、自分が普段当たり前と思っている知識の枠を根本から問い直して、新しい気づきを得る努力をしたり、自分の価値観の枠を飛び出して新しい価値観や世界観を築き上げていくことです。

そうした見方で、哲学を捉えると、哲学の重要性が見えてくると思います。知ることで私たちの可能性が広がる一方で、私たちの考えやスキルがより多くの枠組みによって縛られていきかねません。哲学的な目線を持つことで、そうした枠組みに意識的に問い直してイノベーティブを生み出したり、新しい価値観を築き上げていくことに近づけるのではないでしょうか。

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