アメリカ私立高校モデルの新旧を比較!

教育

今日はワシントンDCに来ています。Enrollment Management Associationという団体の主催する学会に来ました。初中等教育の私立学校向けの学会です。


Washington DCのDowntownのホテルの近く。

Enrollment Managementとは?

日本語訳として何が適当なのかちょっと難しいのですが、説明するとこんなところです。学校では入学、卒業、退学、編入などで、在籍生徒数が大小に変動していきます。私立の学校は毎年一定数の生徒を確保することによって、目標とする学費歳入を得て、学校経営をしていきます。アメリカの私立高校だと、平均して学校の必要な歳入の80%が学費からの歳入になります。

学費の高騰や、生徒数の緩やかな減少傾向などに呼応して、アメリカの私立校在籍生徒数が減っていく中、それぞれの私立校で生徒数を計画通りに確保していくことが、年々難しい課題になってきています。そんな中、Enrollment Management、つまり、学校の歳入や運営計画にあわせた長期的な生徒数のマネージメントをするために、入試やマーケティングに関して、適切な戦略を持つことの重要性が高まってきました。この学会では、Enrollment Managementの様々な戦略や、入試やマーケティングに関する初中等教育の様々な動向についての議論が主な材代として据えられています。

私立学校のモデルの「崩壊」と新しいモデルの『誕生』

学会のホテルについてすぐに、一緒に学会に連れてきたオンライン高校のCFOが私に紹介したい人間がいると言ったので、ホテルのラウンジに向かいました。初中等学校向けの全米CFO協会のNBOAという団体があって、その協会の副理事をしているジェニファーという女性でした。スタンフォード・オンライン高校に興味を持ってくれていたようで、是非校長の私と話をしたいということでした。

いろいろとひとしきりオンライン高校について話をした後、全米CFO協会の副理事ということで、ある質問を投げかけてみました。なぜアメリカの私立高校の学費が高騰を続けているのか、という質問です。アメリカ私立高校の学費は全米平均で年間200万円以上、都市部では400−500万がざらになっています。

その高い学費がさらにここ数年でもさらに5%程度の比率で毎年増え続けていて、収束する気配がありません。アメリカ富裕層の収入の増加は、中流以下の層の収入増加よりも大きく、格差がますます広がっていっていることは有名かもしれませんが、上位5%の富裕層の収入増加に匹敵、もしくは、それを凌ぐ勢いで私立学校の学費が増加しています。これまで、中流層にも手の届くはずだった私立高校がごく一部の富裕層にしか手の届かないものになりつつあります。

それはなぜなのか。これまでいろんな教育関係者に同じ質問をしてきたのですが、あまり納得のいく回答は得られていませんでした。ジェニファーの回答はそれなりに説得力があったように思います。学費の高騰の背景にはいくつかの要因が複合的に絡んでいるように思われる。まずは、学校のセキュリティーの強化の必要性。治安の悪化や無差別テロなどの中で学校はセキュリティーシステムを大幅に強化しなくてはいけません。それには莫大な費用がかかります。

それから、もちろん、緩やかなインフレ。地価や人件費が少しずつではありますが毎年上がってきています。それらに加えて、初中等教育に最も関連のある要因としては、社会の変動と共に、学校の学問的な側面以外で、よりきめの細かい生徒へのサポートが求められてきたということが挙げられます。カウンセリングや、感情の教育、ダイバーシティー。生徒が私立学校から離れつつある傾向の中で、より手厚いサポートのためのスタッフやプログラムを、現代のニーズに合わせて提供していこうとした結果、学校の歳出が膨らんできているということです。なかなか説得力のある答えだなあと思いました。

私立学校の新しいモデルを3つご紹介

翌朝ジェニファーの学会発表に出席しました。これまでのアメリカの私立学校の経営モデルの問題点と新しいモデルの登場についての発表でした。まず、これまでの経営モデルの問題点は一点、実際に教育にかかるコスト分を請求していないということです。都市部で年間400−500万程度の学費というのに、それでも実際のコストを賄えないというのに驚かれるかもしれませんが、それはともかくも、アメリカの私立学校では、学費による歳入と実際の歳出とのギャップを、寄付によってまかなうというのが伝統的な経営モデルになっているのです。

全体の歳出の平均2割程度を寄付によって賄うので、平均して最低でも年間数億円の寄付金が必要になってきます。実際にかかるコストを請求せずに、不確定な歳入である寄付金に頼る経営モデルは他の産業では見受けられません。ましてや、ここまで紹介してきたように高騰した学費を考えると、私立高校がある意味で、贅沢品の仲間入りをしているわけです。贅沢品産業では、実際のコストに様々な付加価値を乗せて、大きな利益をつけて売るのが通常です。寄付金頼りの経営モデルはそう長くは続いて行かないだろうと、昨今、アメリカの初中等教育界ではささやかれてきています。


ジェニファーと共同発表者

それではどんな新しいモデルがあるのか。ジェニファーのプレゼンでは3つほど紹介していました。まずはIndexed Tuitionといわれる新しい学費の設定の仕方です。生徒個人個人の学費が、家族の収入や資産によって設定されるので、それぞれの生徒で払う学費が違うというものです。富裕層はより大きな額を負担し、そうでない層には負担を軽減するというものです。日本のコンテキストでいうと、単に不公平なのではないかと、思われるかもしれません。

しかし、一方アメリカでは、社会の収入格差の問題と教育へのアクセスの観点から、初中等レベルでも、無償の奨学金制度が様々な形で導入されてきています。なので、もともとそれぞれの家族が実際に負担する金額が多少違っているというコンテキストなので、理解されやすい地盤があります。

また、学校内における多様性も重視されています。経済的、文化的、人種的、その他様々な観点から、単一的なバックグラウンドの中で学ぶのは、社会の多様性からして好ましくなく、学校の中に多様性が包摂されていなければならないという考え方が広まってきています。そうした背景のため、不公平でおかしな制度であるとの捉え方はあまり聞かれず、イノベーティブな新しいアプローチであるという風に捉えられています。

もう一つのモデルは、世界各国に学校のキャンパスを持つ、いわば、「多キャンパス型」の私立学校のモデルです。複数のキャンパスが複数の国や地域にあるのですが、生徒は全て同じ学校の生徒で、違うキャンパスを行き来することができます。多様な国際経験ができることと、地価や人件費などの地域による違いを利用して、平均的に学費を抑えていくことができるというモデルです。

3つ目が、テクノロジーを使ったモデルです。スタンフォードのオンライン高校もこの中に入ります。後者が必要ないので、その分学費が安く済み、生徒も全国から受け入れることができるので、Enrollment Managementも有利です。また、学校の校舎を実際に持つ場合でも、教育ソフトウェアなど、教育テクノロジーで人件費を大幅に削減して、学費を抑えていくという形の学校が現れ始めました。

アメリカの私立校を始め、アメリカの教育界は、ものすごい速度で、大変容を遂げてきているように感じます。非常に面白い時代に学校運営をさせてもらっていることは非常に運がいいことです。

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