英語ができないことで「得する」こともある!?

教育

海外旅行のあるあるネタで、英語ができなくてあれやこれやのハプニングに遭遇したというのはよく聞く話かもしれません。

さらに、英語圏への出張、留学、転勤などになれば、英語ができずに大変な不便を感じたという経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。

聞きたいことが聞けない。言いたいことが伝えられない。思うように自分の考え方を書き記すことができない。

さらには、おかしなことを言っている馬鹿者だと思われているかもしれない。言葉ができないと、いろいろな形で不安を感じたり、不都合に直面することがあります。私自身、何年もそうした不便、不都合と向き合ってきました。

しかし、留学生や企業などの駐在をしている人々に相談を受けた際のアドバイスにしばしば指摘するのですが、英語ができないならできないなりの利点も多く存在するということを忘れてはいけないと思います。

見た目だけでなく、最初のひと言ふた言で、自分の母国語が英語でないことは、簡単に理解してもらうことができます。

それがわかると、多くの場合で必要以上に親切に対応してもらえます。ちょっとやな奴であるところを正直に告白すれば、私自身、留学したての頃、そうした人の親切を見越して行動するということが多々ありました。

例えば、大学院の授業などでも、なんとかディスカッションに食い込めば、他の生徒たちよりもゆっくりと注意して聞いてもらうことができます。

また、何かの質問や意見に即答しかねるような場合でも、英語がうまく使えないということを言い訳にして、不発言の免罪符をいつでも使うことができます。

さらに、本当はクリティカルな間違いをしている場合でも、自分の能力全般の低さではなく、言語能力の低さに原因を帰属してもらうことだってあります。自分の無知を言語のせいにできるというのは、まんざら使い勝手が悪いものではありません。

さらに、ある程度英語が上達し皮肉など交えて話すことができるようになったときでも、こちらが皮肉をあえて言ったとしても、相手が皮肉として受け止めるのを控えたりすることがあります。英語が上手くないので、意図せず皮肉になってしまっているのだろうと言う推測をしてくれるのです。自分は皮肉を言ってやったというある程度の優越感に浸りながらも、相手の怒りを買うことがない。そんな風に可愛らしくストレス解消したりすることだってできます。

「できないことを認識する」と世界が広がる!

これらの例は半分冗談交じりに聞こえてしまうかもしれませんが、何かができないことは、常に不利益を生み出すわけではないということを強調したいと思います。できないことを意識することは、自分を改善する機会を意識することです。

また、できないことを利することだって、自分の気の持ちよう次第でできる場合もあるかもしれません。ことに英語学習、外国語学習を思春期以降に本格的に始めた場合、どんなに努力しても、ネイティブの英語との違いを埋めきることはできません。

だからと言って、英語圏での 生活や人生全体において、常により不便で不都合であるということでは、必ずしもないと思います。必要な語学力を習得するのは重要ですが、自分の語学力に合わせた、都合不都合、便不便のミックスがあります。どのような不便があって、どのような便があるか、ということを見極めて、自分の語学力を見つめるのも時には役に立つかもしれません。

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